- 2007-07-10 (火) 1:51
- memo
ふとした疑問なのですが、何で文章中にある関西人が喋る普通の(標準語の)台詞を読むとき、自分の脳内で関西弁に補完するんでしょうかね。
例えば、バーローに出てくる、服部平次は、関西人で、アニメでは当たり前のように関西弁で喋っているのを見ることが出来ます。
関西人という設定は、マンガの中でも同じだから関西弁の台詞が、出てくるのは当たり前ですが、時には文章上は標準語と同じ台詞を喋っているときもあります。
そう言う台詞を自分が読んでいる時、頭の中で自然に関西弁のイントネーションになって読んでいる気がするんですがどうでしょうか?
まず、文章を読むという行動は、
- 文章を視覚によって知覚して
- 知覚した文字を認識して
- 言語野に突っ込まれ、意味付けされて言葉として認識する(言葉として認識されて、それに意味づけされる?どちだ?)
っていうプロセスで行われてると思います。
この中で、どの様なことをやっているのか一番よく分からないのが3の部分だと思うんですけど、 「読み上げる」みたいな行為は、この中の3とかでやってるんだと思います。その「読み上げ」の行為に対して、その台詞を喋っている人を想定したイントネーションを補完して読んでいるだろうってことです。
わざわざ補完するって事は、何か意味があるんだと思うんですよ。補完出来るって事は、その人の属性をある程度認識していて、どうしゃべるかを推定して行っているんであって、その理解した情報をわざわざ補完することにどういう意味があるのかなあと思うのです。
一つ考えてみたのが、人間の言葉の理解というのが最終的には音としての言葉の認識を行うことによって、意味理解がなされると言うプロセスを辿る必要があり、その意味理解には、イントネーションの付加情報が必要となるので、イントネーション情報が補完されるというモノ。イントネーションと台詞を合わせて聞くと言うことが重要な意味を持っていると言う推測です。
属性情報を絡めた方が内容処理が高速化される(そのキャラは、関西弁で喋った方が意味理解が早まる)とか
まあ、僕は言語学とか認知科学とか全然知らないので全然勘違いしたことを書いている気もします。詳しい人がいたら教えてください。
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Comments:3
- panda 07-07-10 (火) 10:07
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人間は文字を読むときにも聴覚系の神経が活動して理解をしているらしいってことはわかってる。特に漫画のせりふとかは脳内で結構再現している気がするので、そんときには聴覚系が働いてると思われる。速読とかだとわからないけどね。
そんで、聴覚系で再現するときには指摘のとおりイントネーション(もう少し広義にはプロソディって言葉が使われる。子音母音以外の音声言語の高さとか強さとかの要素全部のこと)を補完しないわけにはいかない。言語音声の中にはこれらは絶対含まれているし、しかもご指摘のとおり重要な機能を担っている。
タモリの芸はプロソディの重要性がわかるいい例。子音とか母音は適当だけど何人か大体わかるってのはプロソディの情報量の多さの証明、特にキャラ付けとかにおける重要性を保証するものだろうね。だから、聴覚系経由で理解する場合にプロソディを補完するのは必然といえば必然で、むしろその経路で処理する以上は補完しないほうが理解が困難だし手間もかかると思われ。
といった感じでしょうか。
- rosese 07-07-10 (火) 10:48
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期待通りのレスをどうもww時々こう言う変なことに気づくと書きたくなるw
空耳が成立するのとプロソディが重要な意味を持ってるって事だね。最終的な言語の意味理解は、聴覚から入ってきたモノも視覚から入ってきたモノも、同じように聴覚系に行くことによってなされるって事、つまり、言語の習得が音声とセットでなされることってのこう言う理由からなのかな?
コンピュータサイエンス的には音声のパターン認識(意味認識?)の難しさって、視覚情報からの情報のパターン認識(意味認識?)なんかより遙かに難しいけど、やっぱりそれでも音声認識を採用するって事は、音声化することによって情報量が格段に増えるからとか何だろうね。
その例外として、速読みたいなものは、本来文字を音声に置換してるのを普通の記号(ex.☆、〒、etcc…と言っても、記号も抽象度の違いによって結構違うモノかもしれない。)として捉えたりすることによって、認識を高速化させているのだろうか。そこら辺のプロセスも興味深い。
そうなってくると(音声化出来る)文字と記号の違いとかの話も面白そう。
とぼろぼろ興味がわく。
- panda 07-07-10 (火) 17:07
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いえいえw一応専門ですからw
単純に意味理解という意味では聴覚系はあまり関係なくて、言語野が重要。言語野を患うと失語症になるけど聴覚系の神経を患って失語になるって話は知らないからね。
言語の受容過程って言う意味では健常者の場合文字も音声も聴覚系を経由してるってことでよさげ。言語習得についてはまたちょっと違う議論になるけど、まあ聴覚が関係してないことはないだろうね。子供は絶対耳から言語を覚えてる筈。ただし聴覚障害者は母語として手話を習得してるので、聴覚じゃなければいけないわけでもない。あくまで健常者の言語インターフェースとしては耳と口が利用しやすいだけなんだと思う。
ま、言語認知にしても言語習得にしてもわかんないことだらけだから確定的なことはいえないけどね。
コンピュータサイエンス的な話はあんまりつっこめんけど、音声のパタン認識の場合人間が言語音の中の情報をどれだけ聞いてるかってことに対して無自覚なことも難しさの原因なきがする。
人間は言語音を聞いてるようで聞いてなくて、核となる部分を聞いてあとは脳内補完とかしてる部分が多い。
その核の部分がいまいちつかめてないから、人間の音声認識をシミュレートするのが難しいんじゃないかな。
ま、そこら辺は専門の人にがんばっていただくということで。文字と記号の認知上の違いとかは正直まだわからないんだよね。
文字認知過程とかもあんまり詳しくわかってないし、言語学者も文字については(音声についても)結構怠慢だったからそこら辺は今後の発展分野でしょうな。
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